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SPECIAL ORDER COLUMN  #01

    

思いをあてる──
尾州の布が、タイルになるまで

はじめに | 特注という選択

建築やインテリアにおいて、古くからタイルは「仕上げ材」として位置付けられてきました。色やサイズ、質感を選び、空間の完成度を高めるための重要なピースのひとつです。しかし近年、その役割は静かに、しかし確実に変化しつつあります。タイルは単なる仕上げ材にとどまらず、その場所の背景や物語、そして設計者の思想そのものを伝える存在へと拡張しはじめています。名古屋モザイク工業では、こうした流れの中で「特注」というアプローチを通じて、数多くのプロジェクトに向き合ってきました。
今回新たにスタートするコラムでは、既製の枠を超え、設計者とともに一から素材をつくり上げた"特注タイルの現場"に焦点を当てていきます。その第一弾で紹介するのは、愛知県一宮市・尾州産の布をタイルの生素地に押し当てて焼き上げた、唯一無二のタイルを用いた建築です。

2024年9月に開院した尾洲病院付属歯科クリニック(愛知県一宮市)|設計 株式会社アーキサイエ建築設計事務所 中川奈々  施工 株式会社チェックハウス

本プロジェクトの設計を手がけたのは、株式会社アーキサイエ建築設計事務所の中川氏。対象となったのは愛知県一宮市に新設された歯科医院です。医療施設は、患者に安心感を与えることはもちろん、長期にわたって地域に開かれ続ける公共性を持ち、また建築としては更新性よりも蓄積性が求められる用途もあります。中川氏は設計を進める中で、「土地に根ざした建築」を実現するための方法を探っていました。
そんなある日、名古屋モザイク工業の営業担当者からの「布をあててタイルにできますよ」という一言が、プロジェクトを大きく動かすことになります。

左:株式会社アーキサイエ建築設計事務所 中川氏

尾州という地 | 繊維のまちの記憶

愛知県一宮市を中心とした尾州地域は古くから日本有数の繊維産業の集積地として知られています。この地域では、毛織物を中心に繊維産業が発展し、かつては工場の機音や糸の匂い、人々の往来が折り重なる独特の風景が広がっていました。国内外から買い付けに訪れる人々で賑わう時代もあり、長く日本の繊維産業を牽引する一大産地です。今回のプロジェクトは、そうした「地域の記憶」や「産業の痕跡」を、現代の建築でどう残せるかという問いから始まりました。


愛知県一宮市にある真清田神社

Asturio Cantabrio, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

発想の原点 | 布を“建材”に変換する

アーキサイエ建築設計事務所の中川氏は、計画初期の段階から「尾州地域で建てることの意味」を強く意識していました。ただ美しい建築をつくるだけでは足りない。この場所だからこそ成立する痕跡を素材のレベルで残したい──その思いが出発点でした。
そこで中川氏が目を向けたのが、尾州地域を象徴する「繊維」です。糸、布、織り──これらは空間を彩るファブリックとして扱われることはあっても、建材そのものへと姿を変えることはほとんどありません。では、そのままの布ではなく、布が持つ表情や揺らぎを建材として扱うにはどうすればよいのか。中川氏がたどり着いたのは、布そのものを見せるのではなく、“布の痕跡”を別素材で表現するという発想でした。布の柔らかな質感をそのまま永続性のある素材に刻みつけることで、表層的なモチーフではなく、抽象度の高い「記憶」として空間に組み込むことができます。この役割を担う素材として最も適していたのが、タイル──焼き物でした。タイルは焼成することで強度が増し、経年変化や紫外線、薬品にも強い。日常的に清掃や消毒が必要となる医療施設という環境においても、高い耐久性を発揮する素材です。こうして尾州の布は、タイルという永続性のある素材で建築へと組み込まれていきました。このシンプルでありながら大胆なアプローチこそが、今回の特注タイル開発の出発点です。


実際に使われた木玉毛織株式会社の布

タイルという選択 | 製造プロセスの全体像

ここからは、具体的に素材がタイルへと姿を変えていく過程を辿っていきます。
今回タイル表面の意匠として使用されたのは、尾州の老舗機屋・木玉毛織株式会社の布です。木玉毛織株式会社では、古い“ガラ紡機(がらぼうき)”が今も現役で稼働しています。ガラ紡は明治期に発明された日本独自の紡績機構で、現代の高速紡績機とは異なり、低速でじっくりと糸を紡ぐのが特徴です。この工程を経て生まれる糸は撚りが弱く、空気を含んだやわらかな表情をもち、湿度や機械の振動によっても微妙に表情が変わることから “揺らぎを含んだ糸” として知られています。紡がれたガラ紡糸は織機へ移され、布へと織り上げられていきます。その過程でも、糸の膨らみ具合や密度、緯糸と経糸のテンションなど、多くの要素が布の表情に影響します。つまり、布が一枚の反物として完成するまでには、数えきれないほどの微細な偶然と、職人による判断の積み重ねが存在しているのです。中川氏は、この布の持つ“揺らぎ”と“偶然性”に価値を見出し、名古屋モザイク工業の営業担当者とともに、岐阜県多治見市内にあるタイル製造工場へこのモチーフを持ち込みました。


尾州の老舗機屋・木玉毛織株式会社

木玉毛織株式会社のガラ紡機(がらぼうき)

岐阜県多治見市にある工場

タイルの原料|この地でつくられるタイルは美濃焼と呼ばれる

技術的な挑戦|布を生素地に押し当てる

今回の特注タイルは、既存の型を使ったものではありません。尾州で織られた実際の布を生素地に直接押し当てるという、もっとも原始的でありながら高度な制御が求められる方法が採用されました。一般的なタイル製造では、プレス成形や湿式成形などの成形段階で意匠がつくられますが、このプロジェクトでは、まだ柔らかく表情の刻印が可能な“生素地”の工程が重要です。この生素地に尾州の布を当て、タタラ圧延ローラー機に一枚一枚手作業で押し込んでいきます。布の向き、たわみ、糸の膨らみ、織りの揺らぎを読み取りながら写し取っていくため、まったく同じ表情のタイルはひとつとして生まれません。
一見シンプルに感じる工程ですが、実際には多くの試行錯誤が待ち構えていました。繊維の種類や密度によって凹凸の出方は大きく異なり、押圧が強すぎれば繊細な凹凸が潰れ、弱すぎれば陰影が出ない。さらに、生素地は焼成時に収縮するため、“理想的に写し取れた”と感じた表情が、焼成後に意図した通りのバランスで残るとは限りません。難しかったのは、“繊維らしさ”と“建材として成立する精度”のバランスでした。タイルはあくまで建材であるため、見た目の豊かさだけを追求するわけにはいきません。しかし一方で、均質性を優先しすぎれば、繊維を使う必然性が失われてしまう。中川氏は工場の技術者と協働しながら試作を重ね、繊維の偶然性を内包しつつも、建材としての品質を担保できる絶妙な落としどころを探り続けました。


表面意匠となる布の上にタイルの生素地を置く

タタラ圧延ローラー機に通し、裏足と面状の成形をする

裏返して布を剥がす

生素地に刻印された立体的な布目

乾燥|繊細な布目を壊さず、形を定着させる

布目を写し取った生素地は、そのまま焼成窯に送られるわけではありません。粘土は多くの水分を含んでいるため、乾燥工程を経ずに高温にさらすと、表面の割れや反り、内部応力による破損が生じます。特に今回のように繊細な凹凸を伴う表面の場合、乾燥による変形は意匠の質を大きく損なう可能性があります。このため工場では、温度と湿度が管理された環境で、時間をかけてゆっくりと乾燥させていきます。乾燥中の収縮によって布目の陰影が崩れないよう、棚板の配置や通風の加減まで考慮しながら進めます。乾燥を終えたタイルの表面には、布目の陰影が定着し、ひとつの“素材”として扱える状態に整えられていきます。


成形した生素地をカットしたあと、棚板に載せて乾燥炉で乾燥させる

乾燥後のタイル素地

手前から生素地、乾燥後、完成品|タイルは成形から完成までにサイズが約15%収縮する

釉薬|色のこだわり

次に、乾燥後のタイル素地には釉薬が施されます。今回選ばれたのは、尾州の風土と繊維産業の記憶を想起させる、落ち着いたブラック系の釉薬でした。これは色そのものを主張するのではなく、布の織り目から生まれる微細な陰影をより際立たせるための選択です。派手な光沢や強い色味ではなく、光があたるとわずかに反射する深みのあるトーンを用いることで、繊維の立体感や揺らぎがより明確に浮かび上がります。


泥しょう状に細摩した釉薬(うわぐすり)を、乾燥させたタイル素地の表面に吹き付ける

釉薬工程のラインを通ったタイル

釉薬をかけたタイルは匣鉢(こうばち=耐火性の器、“さや”とも読む)にセットしていく

焼成|布のぬくもりを想起する建材に

そして焼成へ。約1,200度の高温で焼き上げられることで、タイルは硬質な建材へと生まれ変わります。焼成を終えたタイルの表面には、糸の重なり、編み目のリズム、繊維のたわみといった布ならではの魅力が、陰影として確かに刻まれています。近づいて見ると、それが人工的にデザインされたパターンではなく、実在した素材の痕跡であることが直感的に伝わります。指先に触れたときに感じるのは、あくまで焼き物としての硬さです。しかし微細な凹凸の連なりが、どこか布の柔らかさやぬくもりを想起させます。視覚だけでなく、触覚や記憶にまで働きかけるこの表情は、既製のタイルでは到底得難いものです。


匣鉢(こうばち)を台車に積み、窯で焼成する

焼成後のタイルはひとつひとつ丁寧に検品する

完成|さまざまな人の思いがつまったタイル


完成したタイル

柔らかな光を放ち一枚一枚が異なるアート作品のように出来上がった

タイルの裏足

箱詰め前

施工 | タイルを“織る”

施工の現場では、さらに重要な手が加わります。今回、タイル張りを担当したのは左官職の親子です。彼らはタイルを壁の一枚としてではなく、“布の一端”として読み取りながら、斜子織りの布を織るように並べていったと言います。布には織りの方向があります。タイルにもその織り方向の痕跡がある。表層的なテクスチュアではなく、織りのロジックを尊重しながら張ることで、空間全体の“布としての統一感”が生まれるのです。この作業は単なる施工ではありません。布と土と人の手を介した三層の工芸であり、これもまた地域の職人技術が建築に刻まれる瞬間でした。医療施設において来院者が目にするのは、この完成された壁面です。しかしその背景には、設計する人、糸を紡ぐ人、布を織る人、タイルをつくる人、そして張る人──という、一つの土地で循環するものづくりの系譜が存在しています。


待合室の壁にも張られている

クリニック内では布の現物と再現されたタイルの対比が見られる

建築としての意味 | 土地の文化を未来へ

この歯科クリニックは、一宮市に住む人々の日常に自然に溶け込んでいます。診療や治療のために患者が訪れ、時に数十年にわたる継続的な関係が築かれる場所でもあります。屋内外の壁に張られたタイルもまた、来院者に対して声高に自己主張することはありません。しかしその静けさのなかで、尾州の文化は確かに受け継がれています。歴史ある尾州産の布はタイルとして建材に姿を変え、壁として空間に定着する。その建築は、日々の営みを受け止めながら場所に佇み続ける。こうした時間のスケールの重なりが、地域における文化の連続性を生み出していきます。これは単なる意匠表現ではなく、文化のインフラとしての建築の姿でもあります。
中川氏はこう語ります。

地域のものづくりを愛する人々のリレーで出来上がった歯科クリニックが、地域に住まう人々に愛され続けていくことを願ってやみません。

特注というプロセス | 一緒につくるということ

特注タイルの開発は、完成形が明確に見えていない状態から始まります。コスト、納期、品質、施工性など多くの要素を同時に検討しながら進める必要があり、既製タイルとは異なる複雑さを伴います。それでも今回のプロジェクトが成立した背景には、関係者全員が同じ方向を向いていたことにあります。できるかどうかよりも、やる意味があるかどうかを最初に共有できていたこと──それがプロジェクトの推進力となりました。名古屋モザイク工業や協力工場が長年培ってきた素材開発や製造の知見は、こうした対話の場でこそ最大限に発揮されます。特注とは、単に特別なものをつくる行為ではなく、思考のプロセスを共有しながら形を探っていく共同作業といえるでしょう。
今回のプロジェクトは、特注タイルの可能性を象徴的に示しています。土地の歴史、産業の記憶、設計者の思想。それらを言葉ではなく素材そのものへ焼き込み、建築に組み込むというアプローチ。タイルは「あとから選ばれる仕上げ材」ではなく、建築の構想段階から関与する存在へと進化しつつあります。
街や産業は移り変わり、風景は更新されていきます。建築にできることは、すべてを保存することではありません。しかし、何をどのように残すべきかという問いに向き合うことはできます。尾州の布を写し取ったこのタイルは、声高に語ることなく静かに土地の記憶を宿し、この建築を訪れる人の無意識のなかで、これからも何かを伝え続けていくはずです。

次回のコラムでは、また別の「特注」という選択が生んだストーリーをご紹介していきます。


 
尾洲病院付属歯科クリニック

設計:株式会社アーキサイエ建築設計事務所 中川奈々
施工:株式会社チェックハウス
撮影(竣工写真以外):norun 小林正和
デザインアワード2025非住宅部門ストーリー賞(特別賞)受賞作品
 
2026.1.28