HOME | 商品を探す | コラム | vol.42|テラゾー── 素材に宿る記憶

   

TILE TREND COLUMN #42

テラゾー ── 素材に宿る記憶


ロー・フィエラ ミラノ(Fiera Milano, Rho)で開催された第64回ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano)

2026年4月21日から26日まで、ミラノの会場「ロー・フィエラ ミラノ(Fiera Milano, Rho)」で、第64回ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano)が開催されました。 毎年この時期、世界最大級のデザイン見本市として注目を集め、多くのデザイン関係者が集まるこのイベントにおいて2026年のコミュニケーションキャンペーンとして掲げられたのは「A Matter of Salone」です。前回の2025年は「Thought for Humans(人間のための思考)」が掲げられ、デザインが人の暮らしや感情、身体性にどのように寄り添うのかが問いかけられました。2026年はそこから一歩踏み込み、デザインの根源にある「素材そのもの」へと視線が注がれました。
公式WEBサイトでは、Matter=素材について、次のように語られています。
“Matter that can be touched, read and interpreted. Matter that preserves memory while also concealing as-yet undiscovered potential.”
直訳すると「触れることができ、読み解き、解釈することができる素材。記憶を宿しながら、まだ発見されていない可能性を秘めた素材」という意味になります。ここで語られている素材とは、単なる物理的な材料ではなく、表面の質感や重さ、色、経年変化、さらには背景にある歴史や技術までを含めて、空間に意味を与える存在として解釈しています。さらに公式WEBサイトでは、素材について “an origin, a memory, a possibility to be activated ” とも表現しています。これは、素材を「起源であり、記憶であり、これから引き出されるべき可能性そのもの」として捉えていることを示しています。今回のコミュニケーションキャンペーンである「A Matter of Salone」の “Matter” には、英語ならではの多義性が込められています。ひとつは、物質・素材としての “matter”。もうひとつは、重要なこと、意味のあることを表す “what matters” です。つまりこれは、単に「素材に注目する」という意味を越え、素材とは何か、そしてデザインにおいて本当に重要なものは何かを問い直すテーマだといえます。2026年のミラノサローネでは、素材を表面的な仕上げとして扱うのではなく、その背景にある記憶や時間、技術、未来への可能性を読み解きながら、空間や暮らしに新たな意味を与える存在として捉える視点が強く打ち出されました。これは、単なる素材礼賛ではありません。デジタルやAIが日常に浸透し、あらゆるものが情報化されていく現代において、「実際に触れられるもの」や「時間の記憶を宿す素材」には、どのような価値があるのかをもう一度問い直す試みでもあります。


ミラノサローネ会場内

ミラノサローネ期間中は、ミラノの街を走るトラムも一部特別仕様に。デザインをまとった車両が街中を巡り、ミラノデザインウィークらしい特別な風景をつくり出していた。

2026年のミラノサローネが見つめていたのは、形や機能の美しさだけではありません。目に見える素材が、どのように意味を持ち、新たな価値を生み出すのか。その過程そのものに、大きな関心が寄せられました。「A Matter of Salone」というコミュニケーションキャンペーンと並び、注目すべき動向もいくつか窺われました。若手デザイナーの登竜門である「SaloneSatellite(サローネサテリテ)」は今年27回目を迎え、テーマとして「Skilled Craftsmanship + Innovation(熟練のクラフツマンシップ+イノベーション)」を掲げています。39カ国から集まった700名以上の35歳以下のデザイナーたちは、木工や陶芸といった伝統的な手仕事の技を、3Dプリントや循環型素材などの新しい技術と組み合わせ、過去と未来をつなぐような作品を発表しています。さらに、ミラノデザインウィーク期間中、街全体に広がる「Fuorisalone(フォーリサローネ)」では、「Be the Project(Essere Progetto=プロジェクトであれ)」というテーマも掲げられました。デザインを完成された“もの”としてではなく、常に変化し、進化し続けるプロセスとして捉えるこの考え方は、ミラノサローネ本体のメッセージとも深く響き合っています。総じて、2026年のミラノが世界中のデザイナーに投げかけていたのは、“素材には、どのような記憶が宿っているのか。そしてその記憶を、どのように未来へつないでいくのか。” という問いかけだったのではないでしょうか。

「ノスタリッカ」が示す素材の記憶
ノスタリッカ / Nostaricca  NEW

その問いにある意味でひとつの答えを提示するようなコレクション、2026年の新商品「ノスタリッカ」をご紹介します。ノスタルジア(nostalgia)と、イタリア語で「豊かな」を意味するリッカ(ricca)を組み合わせたその名前には、過去を懐かしむだけではない、より深く、豊かな思いが込められています。「ノスタリッカ」のインスピレーションの源となったのは、イタリア・エミリア=ロマーニャ州の都市ファエンツァに建つ「ミルツェッティ宮殿(Palazzo Milzetti)」の床を彩るヴェネチアン・テラゾーです。「ノスタリッカ」は、この古い床を立体スキャンして質感までも忠実に再現しています。これはまさに、2026年のミラノサローネが掲げる「クラフツマンシップとイノベーションの融合」「素材に宿る記憶を未来につなぐ」というビジョンを、セラミックタイルの分野で体現したコレクションといえます。


カラー8930P(1200角 受注輸入形状)

3Dテクスチュア

ファエンツァ、陶磁器の街

ファエンツァという名は、タイルや陶磁器に関わる者にとって特別な場所です。フランス語で錫釉陶器を意味する「ファイアンス(faïence)」の語源にもなった都市として知られ、古代ローマ時代には「ファヴェンティア(Faventia)」として栄えました。中世以降、陶芸の一大産地として発展し、ルネサンス期には、白い錫釉を下地に色彩豊かな絵付けを施したマヨリカ陶器によって、その名声をヨーロッパ全土へと広めていくことになります。街の中心部には、世界有数の陶磁器専門博物館「国際陶磁器博物館(Museo Internazionale delle Ceramiche)」があり、古代から現代美術まで、世界各地の陶磁文化をたどることができます。


国際陶磁器博物館(Museo Internazionale delle Ceramiche)

ファエンツァで出土した錫釉陶器(国際陶磁器博物館展示品)

ミルツェッティ宮殿 ── ネオクラシシズムの結晶

ミルツェッティ宮殿(Palazzo Milzetti)は、18世紀後半から19世紀初頭にかけて再建・整備された宮殿です。ファエンツァの伯爵ニコラ・ミルツェッティが1792年に建築家ジュゼッペ・ピストッキに依頼し、1781年の大地震で被害を受けた一族の旧邸宅を統合するかたちで設計されました。この宮殿が今日まで特別な価値を持つ理由は、その保存状態の良さにあります。ナポレオン時代のイタリア貴族文化を体現するネオクラシシズム(新古典主義)の内部装飾が、極めて良好な状態で残されているのです。フェリーチェ・ジャーニとその工房による壁面装飾、バッランティ・グラツィアーニ兄弟やアントニオ・トレンタノーヴェによるスタッコ装飾、そして床に広がるヴェネチアン・テラゾー。現在は、ロマーニャのネオクラシシズム時代を代表する国立博物館として公開されており、イタリアの美術史家アントニオ・パオルッチは、この建物についてウィーン、サンクトペテルブルク、パリ… それら名だたる帝都を巡っても、この建物ほどに洗練され、優雅で、至高の趣味に彩られた内部装飾は見出すことはできない。という言葉を残しています。ネオクラシシズム新古典主義)とは、古代ギリシャ・ローマの建築や美術への回帰を志向した様式です。均整の取れた構成、明快な秩序、抑制された装飾性を重んじるその美意識は、ミルツェッティ宮殿の空間全体にも静かに息づいています。


ミルツェッティ宮殿(Palazzo Milzetti) Fabior04, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

Patafisik & Elena Tartaglione, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

Patafisik & Elena Tartaglione, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ミルツェッティ宮殿の床に採用されているヴェネチアン・テラゾー(Terrazzo alla Veneziana)は、単なる床材ではありません。それはヴェネツィアという都市が築き上げた、一種の芸術です。ヴェネチアン・テラゾーのルーツは、石灰に砕いたレンガや石材、大理石片などを混ぜ、叩き固めて丹念に磨き上げる「バットゥート」と呼ばれる伝統技法にあるとされています。その原型は13~14世紀に形づくられ、15~16世紀以降、ヴェネツィアの宮殿や邸宅を彩る中で、より洗練されたものへと昇華されていきました。水の上に築かれたヴェネツィアの建築では、建物のわずかな動きを柔軟に受け止める石灰系の床が理にかなっていました。さらに、磨き上げられた表面は狭い路地が多いヴェネツィアの街中で、光を受け止め室内へとやわらかく広げる役割も果たします。こうしてヴェネチアン・テラゾーは、実用性と装飾性を兼ね備えた床材として、ルネサンスからバロック、そしてネオクラシシズム新古典主義)の時代へと受け継がれていきます。ファエンツァのミルツェッティ宮殿に残る床もまた、そうした伝統が様式美の中で息づく例のひとつといえるでしょう。
 
「ノスタリッカ」は単に“ヴェネチアン・テラゾー風”に仕上げたタイルではありません。特定の宮殿の、特定の床の、時間が刻んだ記憶を纏ったタイルです。デジタル技術と歴史的素材が出会うことで初めて実現した、新しい継承のかたちといえるでしょう。カラー展開は、いずれもヴェネチアン・テラゾーの伝統的な色調から着想を得た、落ち着いた色合いです。特にカラー8830・8930P(AMBRA)は温かみのある黄土系で、ミルツェッティ宮殿の床を忠実に再現しています。
 

Color 8830 / 8930P(AMBRA)


カラー8830

カラー8830(1200角 受注輸入形状)

カラー8830(1200角 受注輸入形状)

Color 8810 / 8910P(AULITE)

カラー8810のホワイト系は洗面室やキッチンに用いることで、無彩色でありながらも温もりのある落ち着きをもたらします。


カラー8810(1200角 受注輸入形状)

カラー8910P(1200角 受注輸入形状)

Color 8820 / 8920P(DOLOMIA)

カラー8820のベージュ系は夕刻の光を美しく映し出し、寝室に取り入れることで優しく迎え入れるような安堵感に満ちたプライベート空間を演出します。


カラー8820(1200角 受注輸入形状)

カラー8820(1200角 受注輸入形状)
8810(平)・8910P(磨き)
8820(平)・8920P(磨き)
8830(平)・8930P(磨き)

素材を選ぶことは、その素材が刻んできた「記憶」を選ぶことでもある──そう、改めて思います。「ノスタリッカ」は、18世紀末のファエンツァで至高の洗練を極めたヴェネツィアン・テラゾーの息吹を、現代の空間へと受け渡してくれるコレクションです。歴史の重みを持ちながらも、決して過去の再現だけではなく、現代の暮らしに寄り添いながら新たな価値を生み出していく──こうした素材の在り方こそが、今の時代が真に求めている豊かさではないでしょうか。

 
 

2026.5.1

RECOMMEND COLUMN

COLUMN #42
テラゾー ─ 素材に宿る記憶
    

2026.5.1
COLUMN #41
テラゾー ─ moooiが示すNesting Roomの世界
 

2026.4.28
COLUMN #40
Tuscan Dusk─ 光と時間がつくる、質感の多層性
 

2026.4.14
COLUMN #39
Tuscan Dusk─タイルで旅する、イタリアの風景
 

2026.4.7
COLUMN #38
美の系譜をたどる旅─デッサンから始まる創造
 

2026.4.1
COLUMN #37
触覚で選ぶ、これからのタイル|細溝の潮流
    

2026.1.21