テラゾーは、長い歴史の中で幾度となく時代の表舞台に現れ、そのたびに新たな解釈を纏って再評価されてきた素材です。なぜ今、再びテラゾーに注目が集まっているのか。その答えを紐解くには、少しだけ時代を遡ってみる必要があります。
テラゾーの歴史 ── 廃材の美学から世界の床へ
テラゾー(Terrazzo)という言葉は、イタリア語で「テラッツォ(Terrazzo)=テラス、床」を意味し、その起源は15〜16世紀のヴェネツィアにあると言われています。大理石の採掘現場では、切り出した石の端材や砕片が大量に出ます。当時の職人たちは、その廃材を石灰系の下地やモルタルに混ぜ込んで床を仕上げることを考案しました。その工法こそがテラゾーの始まりであり、リサイクルの先駆けとも言えるでしょう。やがてこの工法はヴェネツィアからイタリア全土へ、そして地中海沿岸の国々へと広がっていきます。その後、顔料によって色彩の幅が広がり、大理石の代わりにガラスや貝殻など多様な素材を取り入れる表現も生まれていきました。装飾性と機能性を兼ね備えた素材として、テラゾーは宮殿から市場まで、あらゆる場所の床を彩るようになっていきます。20世紀になると近代建築にも多く取り入れられるようになり、特に1920年代から1930年代、アール・デコの隆盛期にはニューヨークやマイアミ・ビーチなどの都市空間において、ホテル、劇場、商業施設の床材として広く用いられました。さらに戦後の復興期、1950年代から1960年代にかけては、量産技術の向上によって住宅や学校、空港、駅など公共建築に広く普及します。暮らしの中に当たり前のように取り入れられたがゆえに、徐々に古めかしい素材と見なされ、1970年代以降は、カーペットや塩ビタイル、フローリングといった素材が主流となる中で、テラゾーは時代の前線から退いていきました。しかし、その余韻は歴史的建築の中に残り続け、素材としての記憶は今も静かに守り伝えられています。
イタリア・ボローニャの街並みの床
ボローニャの歴史的建造物、アックルシオ宮殿「ファルネーゼの間(Sala Farnese)」
テラゾーの再評価
テラゾーが再び注目を集め始めたのは、2010年代の半ばごろのことです。その背景には、いくつかの文化的な潮流がありました。工業化された均質な素材に慣れた世代の間で、ヴィンテージやレトロといったテイストへの関心が高まった点もひとつの要因です。テラゾーの持つ不均一な骨材がもたらす有機的な表情、色が交じり合う偶発性は、その流れに応えるものでした。また、SNSの影響も無視できません。テラゾーの表情や、光の当たり方によって変化する色の深みは、写真映えする素材でもありました。Instagramを中心に、テラゾーを使ったカフェなどの写真が拡散し、世界中のデザイナーやインテリアファンの目に触れていくこととなります。
スターバックス リザーブ® ロースタリー ミラノ
床にイタリア伝統のPalladiana(パッラディアーナ)様式が用いられている
テラゾーをテーブルとカウンターに使ったカフェ
こうした長い復権の流れを受け、2025年のCERSAIE(チェルサイエ)で、テラゾーはどのような位置付けにあったのでしょうか。
タイル業界では、CERSAIEには毎年繰り返し登場する“定番5素材”があるといわれています。それは、大理石・木・石・テラゾー・セメントの5つで、2025年もその構造は変わりませんでした。つまりテラゾーは“今年だけ”の特別なトレンドというよりも、現代のセラミックデザインとして完全に根付いた素材として扱われていました。ただし、2025年のテラゾーの表現には、際立つ特徴がありました。それは「現代的な再解釈」の深化です。単に往年のテラゾーの表情を忠実に再現するのではなく、粒の大小をデザイン要素として意図的に操作し、色の組み合わせを現代の空間感覚に合わせて再構築している点に、今のテラゾーらしさがあります。さらには、表面技術の革新によって“骨材が本当に盛り上がっているような”触覚的なリアリティを実現しようとする試みも、多くの展示に見られました。浮き出した骨材や石の断片が、素材感そのものを魅せる表現──それこそが、CERSAIE2025のテラゾーが示した方向性のひとつでした。
moooiの世界、新たな章となるコレクション
ネスティングルーム / Nesting Room NEW
CERSAIE2025で、先進的な技術を誇るタイルメーカー「ABK」グループと、家具・照明・テキスタイルを手掛けるオランダの革新的なインテリアブランド「moooi」がコラボレーションし、セラミックタイルのコレクションを発表しました。それが、「ネスティングルーム」です。このコレクションは、ABKの先進技術とmoooiの中核となる価値観である「Unexpected(予期せぬ、意外な)」に基づくデザイン哲学が融合して生まれました。単なる建材ではなく、建築空間の“面”を物語のあるキャンバスへと変える、アートピースのような存在を想定して開発され、日常の中にアートと静寂が共存する特別な「空気感」をもたらします。
オランダ発の「moooi(モーイ)」は、世界を驚かせる革新的なデザインブランドです。ブランド名はオランダ語で「美しい」を意味する単語「mooi」に「o」を一つ加え、「さらなる美しさ」を表現しています。アートと家具を融合させた唯一無二の製品を展開。日常をドラマチックに変えるその世界観が、感性を刺激する特別な空間を数多く創造してきました。
ミラノデザインウィーク2026、トルトーナ地区 Superstudio Piùで開催されたMoooiの没入型展示。ブランド創立25周年を迎えた今年のタイトルは「MOOOI 25 AND PROMISING」。単なる新作発表にとどまらず、Moooiの過去・現在・未来を、“銀色”という象徴的な表現でつなぐ記念碑的なプレゼンテーションだった。
Peaks Sofa(奥)他 / Superstudio Più
Pino Tree / Superstudio Più
25周年を祝う銀色の世界
壁:Monumental Moments / Moooi Milan Store
Nesting Roomの展示(右奥) / Moooi Milan Store
「ABK」×「moooi」の新商品「ネスティングルーム」の核心にあるのは、「静寂の聖域 (Sanctuaries of Stillness)」というコンセプトです。絶え間なく動き続ける世界において、「静寂」は心に安らぎをもたらす聖域となります。シリーズ名の「ネスティング(Nesting)」は、英語の「巣をつくること」に由来しています。鳥が枝や草を集め、丁寧に形を整えて巣をつくるように、素材を選び、空間を整え、自分だけの場所をつくる行為──そこには帰る場所があるという安心感と、心身を整える再生の感覚が込められています。
デザインのインスピレーションの源── 3つの象徴的な動物たち
コレクションのインスピレーションの源となったのは3種類の動物です。静寂に包まれた修道院の鳩(Cloistered Dove)、砂の上に儀式のような様を描くレア(Reiki Rhea:ダチョウに似た大型の走鳥類)、そして催眠的な眼差しを持つフクロウ (Hypnotic Owl)。これらの動物たちの記憶や自然の造形美は、触覚に訴えかけるような繊細なテクスチュアへと昇華されました。
「ネスティングルーム」は4つのシリーズで構成されています。エッグスケープ(Egg Scape)、サンディ(Sandy)、パヴォーネ(Pavone)、プリュマージュ(Plumage)──それぞれが異なる素材感と物語を持っています。
鳥の卵の殻が宿す、テラゾー表現
エッグスケープ(Egg Scape) 1200×600角 / 600角
4つのシリーズの中で、CERSAIE2025のテラゾートレンドを最も体現しているのが「エッグスケープ(Egg Scape)」です。卵の殻──それはテラゾーの本質と重なります。テラゾーが廃材の断片をモルタルに埋め込んだ素材であるように、卵の殻もまた、無数の小さな結晶が有機的に積み重なった複合体です。均質ではなく、どこか偶発的な美しさを持ち、傷や亀裂が入ることで初めてその内側の構造が見えます。「エッグスケープ(Egg Scape)」は、その感覚をタイルの表面に写し取っています。繊細な擦れや亀裂のようなテクスチュア、そしてテラゾーを思わせる小さな断片。自然界の「不完全さ」を捉えたミニマルな表情には、見る角度や光の当たり方によって印象を変え、長く使い込むほどに味わいが増していく奥深さがあります。「完璧ではないことが美しい」という感覚は、日本の美意識とも深く通じます。わびさびの思想が「不完全さの中に美を見出す」ことを問うように、「エッグスケープ(Egg Scape)」も欠けや割れ、擦れを否定せず、むしろそれを素材の美しさとして取り入れています。カラー展開はIvory・Powder・Hay・Concreteの4色で、自然光の中で最も落ち着いて見える色調です。Ivoryは朝の光を受けた白い殻、Powderはくすんだやわらかさ、Hayは干し草のように乾いた温もり、Concreteは工業的なグレー。どれも強く主張する色ではなく、空間に静かに溶け込むことから、キッチンや洗面室といった小さな空間でも使いやすいデザインです。
床:ABI-AC2630 壁:ABI-AC2710
ABI-AC2710
カラー2740(1200角 受注輸入形状)
砂浜の記憶
サンディ(Sandy) 1200×600角 / 600角
「サンディ(Sandy)」は直訳すれば「砂のような」を意味する形容詞です。しかしこのシリーズは、砂の色や質感をただ模倣しただけではなく、砂という素材そのものが持つ記憶をタイルに落とし込んでいます。砂浜は、世界中どこにあっても人々に似たような感覚を呼び起こすものです。足の裏に感じる細かな粒子の温もり、波に研がれた均質な滑らかさ、風に吹かれてできる微細な模様の重なり──その感覚は文化や言語を超えて、誰かの幼少期の思い出に、あるいは旅先での安息の記憶につながっています。「サンディ(Sandy)」の細やかな粒子感は、遠くから見ると均質に映り、近づくほどに表情の密度が増していきます。それは砂浜そのものが持つ印象と同じで、大地に根ざした力強さを空間にもたらし、「背景」としても安定感のあるシリーズです。カラー展開は、Ivory(白い砂浜)、Terracotta(赤茶の砂浜)、Volcano(黒い砂浜)という自然のグラデーションに、人工と自然の間のようなHay(干し草)とPowder、Concreteが加わることで、砂の持つ色域を超えて、現代の空間に馴染む豊かさを生み出しています。
カラー2620(2800×1200角 受注輸入形状)
ABI-AC2630
カラー2660(2800×1200角 受注輸入形状)
3DTech技術が拓く触覚のタイル
パヴォーネ(Pavone) 1200×600角 受注輸入品
「パヴォーネ(Pavone)」はイタリア語で「孔雀(くじゃく)」を意味します。孔雀の羽根の繊細な手触りを、最新の3DTech技術によって再現。視覚と触覚に訴えるリアルな質感を実現したシリーズです。カラー展開は3色で、いずれも日常の中で落ち着いた存在感を放つ、洗練された色合いを揃えています。サイズは1200×600角の受注輸入品です。抒情的な質感をもつ「パヴォーネ(Pavone)」は、ひとたび目の前にすれば、その美しさに誘われて、実際に触れてみたくなることでしょう。
壁:ABI-AC2672 床:ABI-AC2720
ABI-AC2672
羽毛の軽やかさ
プリュマージュ (Plumage) 1200×600角 受注輸入品
「プリュマージュ(Plumage)」は、フランス語で「羽毛・羽根の集まり」を意味します。「パヴォーネ(Pavone)」が羽根の凹凸を触覚で語りかける素材であるとするならば、「プリュマージュ(Plumage)」は羽毛のような軽やかさを視覚に語りかける素材です。表面は平滑な仕上げで、装飾的なパターンが凹凸なく艶の違いで描かれています。「パヴォーネ(Pavone)」は触覚のタイル、「プリュマージュ(Plumage)」は視覚のタイル──同じ「羽根」というモチーフを扱いながら、異なる質感を持つこの2つのシリーズは、触れることと見ることの両方から、羽根という自然の造形の豊かさを感じることができます。「プリュマージュ(Plumage)」のカラー展開は3色で、サイズも「パヴォーネ(Pavone)」同様に1200×600角の受注輸入品となります。
ABI-AC2682・X2710
ABI-AC2682
ABI-AC2683
「ネスティングルーム」が描き出す「静寂の聖域」
「ネスティングルーム」を構成する4つのシリーズは、それぞれが異なる表情を宿しています。テラゾーが放つ有機的で不完全な美しさ。砂浜の記憶を写し取った、均質で繊細な粒子感。指先から伝わる3Dテクスチュアの豊かな触覚。そして、羽毛を思わせる視覚的な軽やかさ ──。これらは決して個別に存在するのではなく、「ネスティングルーム」という一つの世界観のもと、互いの個性を補い合い、響き合うことで完成しています。一日の終わりに安堵のため息をつくとき、あるいは扉を開けて新たな空間へと足を踏み入れたとき。その一瞬に、心がふっと軽くなるような場所でありたい。「静寂の聖域」という名を具現化したこのコレクションには、人々の心に寄り添い、安らぎを供する穏やかな願いが込められています。
次回、テラゾーについてさらに深掘りしながら、テラゾー調の新商品「ノスタリッカ」をご紹介します。