Tile Column
たいるこるん
Vol.08 「マルコ -食い倒れた先にタイル-
  

ミラノでピザを食べてから、ドゥオーモに向かって歩く途中ふと、進行方向を勢い良く90度曲げたマルコが、一軒のお店に入っていく。黒い内装にマカロンタワーの色が華やぐ製菓店だった。「これがおいしいんだ」とロール状のパイ生地の焼き菓子を買ってくれる。さっきピザ屋でデザートを食べたばかりだが、マルコのお勧めなら間違いないと、つい食べてしまう。

洗練された製菓店。オーナー自ら店頭で接客する。
ミラノのドゥオーモ

 
また、仕事の合間を縫って連れて行ってくれた、若者に人気の地域ナヴィーリョ・パヴェーゼのレストランでは、お勧めのミラノの伝統煮込み料理「オッソブーコ」をオーダーしてくれた。崩れそうに柔かく煮た子牛のすね肉を、骨からホロリと外しながらいただく。路面電車が走る石畳の道路に面した伝統料理店で、調度品よろしく、隣の席では若い地元の女の子たちが女子会を、その奥では中年カップルや家族が、楽しい晩のひとときを過ごしていた。
 

川沿いにバーやレストランが並ぶナヴィーリョ・パヴェーセ
伝統煮込み料理オッソブーコ

 
ある日、モデナのメーカーP社を訪れ、午前の仕事を終えると、エージェンシーがブドウ畑を突っ切るようにして車を走らせ、岡の上の食堂へ連れて行ってくれた。外観は絵本に出てきそうな一軒家で、看板も見当たらないが、入ってみるとなるほど、ほとんど満席だった。なんとも柔らかい空気とお客の声、木窓から入る光と木の家具で幻想的な空間になっていた。
このタイルの産地、モデナで美味しいのは素朴な「ニョッコフリット」。「ニョッコ」は「ニョッキ」の単数形で、それを揚げたものだからニョッコフリット。生ハムを乗せて食べると美味しい、いわゆる揚げパンだ。ニョッコフリットに合うのは、ランブルスコというランブルスコ種のぶどうを使った地元の発砲ワインで、ニョッコフリット+生ハム+ランブルスコは、ここらでは王道の組み合わせらしい。どのお皿もどのお皿も皆は夢中で食べ、お勧めのマスカルポーネのティラミスで仕上げた。
 

お店の外観
賑わう店内

 
「すばらしい!アイコニックなタイルだね!」が口癖のエージェンシーのおじさんは、ふくよかなお腹をお持ちで、「僕はダイエット中だから」と生ハムのみが載った平皿を一人食べていたのが印象的だった。それでも、アイスクリームは食べていたっけ。メーカーのマネージャーもエージェンシーも皆食べることが大好き、それはどこへ行っても同じだった。
 
そうそう、イタリアもスペインも、仕事中のランチにワインをいただくと聞く。日本のサラリーマン達(私含め)にとっては「こっちの人は、うらやましいね」と漏らしたいところだが、どうも様子が違った。アルコールを飲むいって日本人が仕事終わりに飲むような、「どうぞどうぞお飲みください」文化ではなく、料理を美味しくいただくためになくてはならない、特別な飲み物だ。食事が終盤になればボトルの注ぎ口を向けてさぁさぁとしても断られるだけ。彼らはこの特別で大切恵みの飲み物を1、2杯楽しんだら仕事に戻る・・・
 

ニョッコフリット
「スペルはこうだよ」とP社のマネージャー

 
この国に特別お金があるわけじゃない。しかし豊かだ。食べることを通して暮らしの一片を垣間体験しただけだったが、街を見ても、ハム1本を見ても、衣、食、住、車、暮らし全体がなんだか創作意欲に満ち溢れていて、圧倒されるばかりだった。タイルは、そのなかの一つだ。
 
さらにその創作意欲は、熱意に満ちてはいても、我欲ばかりで成り立っている訳ではない。
たとえばこの、乾式タイル製造の最新機器を導入したばかりの社は、緑色のフィールド(農地に囲まれ、ぽつりぽつりと建つ民家に混じって佇んでいる皆さま、タイルをつくる機械が、どのくらい大きいか想像できるだろうか?窯だけで長さ80~120あったりする。さらに原料土の保管タンク、配合、乾燥機、7500トン以上のプレス機、プリンター、カッター、梱包と、どれも大変な大型で、にも横にも壮大だ。通路は幅4メートルくらいのロボットが悠々と通過していくほど。それなのに、ここ近隣の環境と静かに溶け込んで、帰路へ出発した車の中から建物を振り返ったとき中と外のギャップに驚いたほどだった
同社では窯の熱や、使った水を他の工程で再利用することで環境への負担を軽減するよう、早くから大きな設備投資してきたCO2の排出量制限や社会貢献にも抜かりがない。工場では音が大きくインカムがなければ話も出来ないが、それもオフィスエントランスを出れば、ほとんど聞こえない。お向かいの民家では、敷地で雄鶏がのどかに地面をつついている。
国をあげた環境保護へ高い意識と取り組みは、ドイツを筆頭とするヨーロッパ諸国は世界でも最高水準だ。ビジネスの発展だけがあっても、それは彼らの望むところではない。
 

果てしなくフィールドを走る車
ずっと続く気持ちの良い風景

 
 
さて、混ぜて、こねて、形を整えて、オーブンで焼くクッキーとまるきり同じ製法のタイル。ここイタリアでも流行は回り、進化を遂げていくなかで、それは近代建築の「モダン」の大きな流れに乗っている。今カタログ内でも主流商品となってご紹介しているような大理石や木、金属といった、他の素材の「再現」が年々飛躍の傾向だ。それはシンプルで、大きくて、格好良いが、タイルらしさとは別の路線であるかもしれない。マルコが言う、「焼き物らしい面白みがもっとあればいい」。
 
「そういえば、」と彼が、イタリア暮らし時代を振り返りもう一度行ってみたい場所があると教えてくれた。
昔ながら変わらぬ手書きのタイルを製造する小さな小さな街、アマルフィ湾沿のヴィエトリ・スル・マーレは、海岸線に向けて急勾配な地形におよそ8000人が暮らす。私は行ったことがないので、しばしストリートビューで旅をしてみた。そこはタイルだけでなく食器などの陶器類が有名で、その特徴は目にも鮮やかな絵柄だ。
街角の看板やお店の外観、床に、壁に、手書き模様のタイルがびっしり張られている。店内にも赤や青や黄色の陶器がみっちりと並び、巷でいわれる「タイル女子」や焼き物好きにはたまらない街だろう。みずみずしい魚、太陽をたっぷり浴びたレモン、間抜けで愛嬌のあるロバが描かれた陶器。刷毛跡があったり、いびつだったりと焼き物らしいこの味わいが昔から人々の心を温め、今も沢山の観光客を呼ぶ。
”語学留学という名のモラトリアム”という最高の時間にヴィエトリ・スル・マーレを訪れるのは、どんなに素敵だろうか。学生時代の楽しい記憶は、何年経っても色あせない。
 

ヴィエトリ・スル・マーレの街並み
彩り豊かな陶器のお店が並ぶ

 
イタリアから学ぶ事は計り知れないけれど、今回マルコをモデルに取り上げてこの地を見たのは、私が人様から見たその国の話を聞くのが好きだからだ。自分が何度訪れても見えなかったことも、別の人の眼を通して多く深く発見できるのが喜びだ。そうして得た自分の新しい眼鏡で、日本のタイルをもう一度見てみるのだ。日本の強みが何で、どうあるべきなのか。
 
旅行先としては有名すぎるイタリアも、タイルというマニアックな角度から、ガイドブックにはないほんの一面をご紹介できただろうか。イタリアならお任せあれ、のあなたにも、訪れたことの無い街や発見がきっとあるはず。今度の連休に行こうか・・・と簡単に言える距離でもないけれど、お忙しい方はストリートビュー旅行も、日常生活からものの1分でワープできますので、いかがでしょう。
このコラムもそんな数分がご提供できたら、と願う。
 

サッスオーロ(Vol.07)の老舗レストラン。素敵なカップルで賑わう
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タイルのコラム「たいるこるん」 BACK NUMBERS


Vol.01
「タイルがイタリアから飛んで来た」2017.1


Vol.02
「タイルの秘境ベトナム」2017.3
 


Vol.03
「コルビジェのカラーパレット」2017.4
 


Vol.04
「ジーンズを超えて」2017.5
 


Vol.05
「麻の葉と日本のタイル」2017.8


Vol.06
「中国から学ぶこと」2017.12


Vol.07
「マルコ -イタリア人にみるタイル-」2018.6


Vol.08
「マルコ -食い倒れた先にタイル-」2018.8